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「健康経営への投資は必要だと理解している。しかし、その効果を数字で明確に示してほしい」——経営層からのこの問いに、自信を持って答えられる人事担当者はまだ少ないかもしれません。健康経営の取り組みは、単なる福利厚生ではなく、企業の持続的な成長を支える重要な「投資」です。
健康経営の投資対効果(ROI)は、決して測定できないものではありません。適切な測定フレームワークと、継続的なデータ収集の仕組みがあれば、その成果を明確に可視化できます。
本記事では、健康経営のROIを構成するコストの整理から、効果的なKPI設定、実践的な測定ステップまでをプロの視点で徹底解説します。最新のデータや事例も交え、健康投資の成果を最大化し、経営層を納得させるための具体的な方法をお伝えします。
健康経営の投資対効果を測るには、まず「健康不調がどのようなコストを生んでいるか」を把握することが出発点になります。コストは大きく3つに分類できます。
アブセンティーズムコストは、従業員の欠勤や休職によって発生する直接的な損失です。測定方法は比較的シンプルで「欠勤日数 × 日次人件費(給与+間接費)」で算出できます。例えば、従業員1人が1ヶ月休職した場合、給与コストだけで数十万円に上ります。さらに、業務の補充コストや周囲の従業員への業務負荷、生産性低下まで含めると、その実態はさらに大きくなります。
プレゼンティーズムコストは、従業員が出勤しているにもかかわらず、心身の不調により生産性が低下することで生じる損失です。これは最も見えにくく、かつ規模の大きいコストとして知られています。ある研究では、プレゼンティーズムによるコストがアブセンティーズムを上回る傾向にあると報告されています。このコストは、SPQ(Stanford Presenteeism Questionnaire)やWHO-HPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)などの標準化されたアンケートを用いて生産性損失率を計測し、人件費に掛け合わせることで定量化が可能です。
慢性的なストレスや体調不良が原因で従業員が離職すると、企業には新たな採用・教育コストが発生します。これは、健康不調が引き起こす間接的な損失です。一般的に、中途採用者1人にかかるコストは平均で100万円を超えるとされています。さらに、新入社員が組織に定着し、戦力として活躍するまでの教育コストや、既存社員の業務負荷増大を考慮すると、その実態は数倍に膨れ上がることも珍しくありません。
出典:マイナビ・リクルートほか各社採用白書 2023年調査より、中途採用平均コストは約100〜103万円(2023年調査)
これら3つのコスト(アブセンティーズム、プレゼンティーズム、離職・採用)の合計額を健康経営施策への投資額と比較することが、ROI算出の基本的なフレームワークとなります。
| コスト種別 | 内容 | 測定方法 |
|---|---|---|
| アブセンティーズム (欠勤・休職) | 病欠・休職による直接的な労働損失 | 欠勤日数 × 日次人件費 (給与+間接費) |
| プレゼンティーズム (出勤中の生産性低下) | 出勤しているが本来のパフォーマンスが出ていない状態の損失 ※アブセンティーズムの2〜3倍規模 | SPQなどのアンケートで生産性損失率を計測し人件費に掛け合わせる |
| 離職・採用コスト (健康不調に起因) | 健康不調が引き金となる離職による採用・教育コスト | 採用費用(平均100万円〜)+教育コスト |
健康経営における投資対効果(ROI)は、以下の基本的な計算式で算出できます。
ROI(%)=(効果額 − 投資額)÷ 投資額 × 100
効果額は、前述した「①アブセンティーズムコストの削減分」「②プレゼンティーズムコストの改善分」「③離職・採用コストの削減分」の合計として算出します。
【計算例】健康施策に年間300万円を投資し、欠勤コストが150万円、採用コストが200万円削減されたと仮定します。この場合、効果額は合計350万円となり、ROIは約17%((350万円 – 300万円)÷ 300万円 × 100)となります。
ただし、この計算式で算出されるのは、主に定量化しやすい直接的な効果です。「従業員エンゲージメントの向上による顧客満足度改善」「企業の採用競争力強化」「企業イメージ向上」といった定性的な効果も健康経営には存在します。これらは数値化が難しい場合が多いため、補足情報として経営層に伝えるのが現実的な対応です。
健康経営の投資対効果(ROI)を継続的に測定し、施策の改善につなげるためには、適切なKPI(重要業績評価指標)の設定が不可欠です。ここでは、実務的に扱いやすく、効果測定に役立つ5つの主要KPIをご紹介します。
月別・部署別で追跡し、施策前後で比較します。
欠勤・休職率は、健康経営の効果を測る上で最も分かりやすく、経営層への説明でも活用しやすい指標です。月別や部署別でデータを追跡し、健康施策の実施前後で比較することで、具体的な改善効果を可視化できます。
まずは施策開始前のベースラインとなる期間を設定し、その後の推移を継続的に記録しましょう。
年に1〜2回のアンケートで計測します。
プレゼンティーズムスコアは、従業員の生産性損失を定量的に把握するための重要な指標です。SPQ(Stanford Presenteeism Questionnaire)やWHODAS(The World Health Organization Disability Assessment Schedule)などの標準化された設問票を活用し、「過去4週間でどの程度集中して仕事に取り組めたか」といった項目で計測します。数年にわたり同じ設問で定期的に計測することで、生産性のトレンドを可視化し、施策の効果を評価できます。
従業員エンゲージメントスコアは、従業員の会社への愛着や貢献意欲を示す指標であり、組織の健康度を測る総合的なバロメーターです。年次で実施する従業員満足度・エンゲージメント調査の推移を追うことで、健康経営の中長期的な効果を把握できます。
健康経営の効果は、短期的には欠勤率の改善として現れやすいですが、中長期的にはエンゲージメントの向上として表れる傾向があります。
健康行動実施率は、健康セミナー参加率、特定保健指導の実施率、禁煙プログラムの利用率など、「健康施策が従業員にどれだけ浸透し、活用されているか」を測る先行指標です。
ROIの「結果指標」だけでなく、この「プロセス指標」を追うことで、施策の改善点を早期に発見し、効果的なPDCAサイクルを回すことが可能になります。
医療費・保険給付額は、従業員の健康状態の改善を長期的に示す指標です。組合健保に加入している企業であれば、医療費の推移を追うことで、健康経営の効果を間接的に把握できます。
健康施策の効果が医療費に現れるまでには2〜3年かかることが多いですが、長期的なROIを補強する重要な材料となります。
健康経営施策を開始する前に、前述のKPI(欠勤・休職率、プレゼンティーズムスコアなど)の現在値(ベースライン)を正確に記録します。この「比較できる起点」がなければ、ROIは算出できません。
この一手間を惜しまないことが、後の効果説明力を大きく左右します。可能であれば、過去2〜3年分の社内データもあわせて整理しておくと、より正確な経年変化を把握できます。
欠勤率やプレゼンティーズムは四半期ごと、エンゲージメントスコアは年1回を目安に定期的に計測します。「施策開始後3ヶ月で劇的な結果を求める」といった短期的な期待値は、測定を形骸化させる原因となります。健康経営の効果は中長期で現れることが多いため、測定サイクルを事前に合意し、継続的にデータを収集することが重要です。
収集したデータを分析し、健康経営施策によってどのような変化があったかを明確にします。例えば上記のように具体的な数値で報告することで、経営層は施策の価値を判断しやすくなります。
感覚論ではなく、ベースラインとの比較や具体的な変化量で語ることが、経営層への説明力を高める鍵となります。
健康経営のROI測定を「単発の作業」で終わらせず、年次の人事・総務サイクルに組み込み、PDCAサイクルを回すことが重要です。
毎年同じ指標を測り続けることで、初めて効果のトレンドが可視化されます。数年後には、投資額と効果額の推移を時系列で示す「健康経営レポート」として整備できるようになり、より説得力のあるデータとして活用できるでしょう。
ここまでご紹介したKPIは、主に「組織側から見た状態の変化」を測るものでした。
しかし、これらの数値を追い続けると、「なぜ欠勤が多いのか」「なぜプレゼンティーズムスコアが改善しないのか」といった、より深い問いが浮かび上がってきます。この問いに答えるためには、もう一段階踏み込み、社員一人ひとりの身体の根本的な状態に目を向ける必要があります。
「疲れやすい」「集中できない」「感染症にかかりやすい」といった不調は、組織的な要因だけでなく、睡眠、栄養、そして特に「腸内環境」といった生理的な基盤の乱れとして現れることがあります。
特に「腸」は、私たちの健康を支える重要な器官です。免疫細胞の約70%が集中し、精神的な安定に深く関わる神経伝達物質セロトニンの約90%が腸内で産生されることが知られています。
慢性的なストレスや偏った食生活などにより腸内環境が悪化すると、免疫機能の低下、集中力の散漫、気分の不安定さなど、心身の不調がまとめて引き起こされることが近年の研究で示されています。
出典:腸内セロトニンに関する医学知見(複数の消化器・神経科学研究で報告)
出典:腸管免疫(GALT)に関する免疫学的知見。「60〜70%」と記述される文献が多い
もちろん、現時点では腸内環境の指標を主要KPIとして健康経営に組み込む事例は、まだ一般的とは言えません。
しかし、「欠勤率の改善が頭打ちになっている」「健康施策を続けているのにプレゼンティーズムスコアがなかなか改善しない」といった状況に直面した際、社員の身体的コンディション、特に腸内環境に目を向けることは、次の打ち手を見つけるための有効な視点となり得ます。
健康経営のROIを真に最大化するためには、組織的な施策設計と、社員一人ひとりの身体的な基盤(特に腸内環境)の両面からアプローチすることが、長期的に見て最も合理的な選択と言えるでしょう。
健康経営の成果を正しく評価するためには、「投資対効果(ROI)」と「費用対効果」の違いを理解することが重要です。この2つの概念は混同されがちですが、健康経営においては特に「投資対効果」の視点が欠かせません。
費用対効果とは、特定の施策やプロジェクトにかかった費用と、それによって得られた短期的な効果を比較する考え方です。例えば、特定のキャンペーンにかかったコストと、それによる売上増加を測る場合などに用いられます。即効性のある効果を評価する際に重視されます。
一方、投資対効果(ROI:Return On Investment)とは、投資によって得られる利益を、その投資にかかったコストで割ったもので、長期的な収益性を評価するために使われます。健康経営は、従業員の健康状態改善を通じて、生産性向上、離職率低下、企業イメージ向上といった長期的なメリットをもたらすため、短期的な費用対効果だけでなく、中長期的な視点での投資対効果で評価することが適切です。
この違いを理解することで、健康経営への取り組みの意義を経営層に明確に伝えられるようになります。
健康経営の投資対効果は、単なるコスト削減に留まりません。
経済産業省が発表している資料からも、健康経営が企業にもたらす多角的なメリットが明らかになっています。例えば、2024年3月に発表された資料では、以下のような効果が報告されています。
健康投資レベルが高いと感じている従業員ほど、健康状態や仕事のパフォーマンスが良好であるとされています。これは、従業員の心身の健康が、直接的に業務効率や創造性につながることを示唆しています。
求職者の約6割が「企業が健康経営に取り組んでいることが就職先の決め手になる」と回答しています。また、求職者が働く職場に望むもののトップは「心身の健康を保ちながら働けること」であり、健康経営が優秀な人材確保に直結することが分かります。
健康経営度の高い企業は、全国平均と比較して離職率が低い傾向にあります。従業員にとって働きやすい環境を整えることで、人材の定着を促し、採用・教育コストの削減にも貢献します。
株価への影響:TOPIX(東証株価指数)では、健康経営度調査における上位評価20%の企業の株価時価総額が、平均を上回る水準で推移しているというデータもあります。これは、健康経営が企業の持続的な成長や企業価値向上に寄与していることを示唆しています(出典:経済産業省「健康経営の推進について」2024年3月)。
これらのデータは、健康経営が従業員の健康だけでなく、企業の経営戦略全体にポジティブな影響を与える「投資」であることを明確に裏付けています。
健康経営の投資対効果(ROI)は、適切な測定フレームワークと継続的に追跡可能なKPIがあれば、経営層を納得させる数字として明確に可視化できます。まずは、欠勤率、プレゼンティーズム、エンゲージメントといった主要KPIのベースラインを計測し、年次のPDCAサイクルに組み込むことから始めましょう。
もし数値の改善が頭打ちになった場合は、組織的な施策と並行して、社員一人ひとりの身体的コンディション、特に腸内環境へのアプローチを検討することも有効な選択肢です。腸内環境を整えることが、見えにくいコストの削減と生産性向上につながる可能性を秘めています。
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